伊賀で小島憲二氏の元で修業され、笠間で作陶をされています小山義則氏の薪窯で引き出された見込みの窯変も美しい黒茶碗になります。
大体の大きさは、高さ:約10cm、径:約10,5cm程度になります。
【プロフィール】
1980年、焼き締めの産地で修業しようとしたところ、
偶然、伊賀の小島憲二氏に出会い、弟子入り。
(伊賀の丸柱(まるばしら)ー昔は琵琶湖の底だったことから、
やきもの向きの粘土層の土、特に耐火度の高い木節(きぶし)粘土が採れ、土鍋の産地)
師匠は、当時、伊賀最大の窯元長谷(ながたに)製陶の商品開発を手掛けていました。(「かまどさん」で知られる炊飯土鍋の窯元)
師匠がデザインした商品を試作したり、薪窯での個人作家活動の手伝いもしました。
自分にも人にも厳しい師匠に、褒められたことはありませんでしたが、
その作品に惚れこみ、ただただついていったといいます。
土作り・窯・薪のことなど、やきものに必要なこと・技術的・精神的なこと、ほとんど修業中に学びました。
7年の修業後、笠間で独立。